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【平成生まれは知らない】「パンチパーマがなぜ流行ったのか」を調べてみたら、凄く納得のいく結果にたどり着いた

2018/02/05

COLUMN

カルチャー

パンチパーマってそんな歴史があったの? 平成生まれがネットで調べてみました!

i-Q JAPAN編集部3名も施術を行った、昭和ヤンキーの鉄板スタイル『パンチパーマ』。平成生まれのオレからしてもパンチパーマといえば、当時暴走族だった方々に流行ったヘアスタイルといったイメージが強いが、実際のところどういう風に流行ったのかは知らない。オレが生まれたころにはパンチパーマの人はほぼいなかったし。

そこで今回、インターネットを使って「パンチパーマはなぜ流行ったのか」を調べてみたところ、驚くべき結果にたどり着いたので紹介したい。当サイトを見てるパンチ経験者はご存じだと思うが、オレと同世代の平成生まれならあまり知らないのではないだろうか。

ではいきます! パンチパーマはこうして流行ったの巻!! ご覧ください。






▲ただパンチパーマをイメージさせる画像です

1970年代当時はグループサウンズや吉田拓郎などといったフォークが流行っていて、憧れた若者が多かった。そのとき流行していたヘアスタイルが、パンチパーマとは真逆の長髪だ。世の中はすでに長髪ブーム真っ盛り! ……と、いうことは、困る業種の人たちがいることに気付いたかな? そう、それは……理髪店の方々だ! 長髪ブームで髪を切る人が少なくなったことをきっかけに、理髪店の売上が低迷。そこでヤバいと感じた理容関係の偉い人(全国理容生活環境衛生同業組合連合会)は緊急プロジェクトチームを結成し、ある究極のヘアスタイルを生み出したのだ。


その究極のヘアスタイルこそ……






パンチパーマなのだ!
つまり、パンチパーマは長髪ブームでお客さんが来なくなった理髪店が生み出した、”みんなどんどん髪切ってくれ”ヘアスタイルなのだ(笑)!! 実際にウチの怒璃瑠(ドリル)も月イチで理髪店に通っている。かなりお金がかかるぅぅ!!!!

そんなパンチパーマ流行の起爆剤となった人物が、1976年に「失恋レストラン」でデビューした歌手の清水健太郎。シャイで硬派なスタイルに憧れる若者が増え、やがてパンチパーマは全国へと浸透していったというワケだ。

▲コチラがパンチパーマ流行の起爆剤となった歌手の清水健太郎



▲清水健太郎か~ら~の~、なぜかめちゃめちゃパンチが似合う編集長(笑)

まぁここまでは70年代の話。80年代になるとバブルを中心に「威圧感がある」「喧嘩の際に髪の毛が捕まれにくい」などの理由で、パンチパーマをヤンキーが好んだ。このためパンチパーマは「いかつい」という印象が浸透したのだ。補足であるが、当時はパンチパーマを理由にタクシーに乗車拒否されるなど、印象によって被害を受けたケースもあるらしい。

以上、いかがだっただろうか。平成生まれが知らない、パンチパーマが流行ったわけはこんな理由があったのだ。おもしろかったら友達に教えてあげてね!





▼i-Q JAPAN編集部3名がパンチにした衝撃動画はコチラ! 変化具合がマジで卍だぜwwww




執筆者:いつまでも少年
「初めて原チャリに乗ったときのように、いつまでも物事に感動を忘れたくない」と意気込み名付けたのがこのライター名。得意とするのはYouTube動画や現場調査、芸能関係にゲーム関係。性格が知りたがりなのでフットワークは軽め。暴走族や旧車會についてもそれなりに知識があり、YouTube動画を見ながらブツブツ言ってることが多い

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