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【最後のチャンプロード編集部員】嗚呼、我が愛しのホークⅡ~ミサイルの取材回顧録②~

2017/08/17

COLUMN

単車&暴走族関連記事

元チャンプロード編集部のミサイルが編集部時代のアレやコレを振り返る不定期連載。今回は、ホークⅡとの思い出話を語ります。

はれて編集部の一員となった私が最初にやることは、誌面に登場する機会の多い単車を覚えること、だった。旧車會ブームの影響で、登場してくる単車の多くは70年代半ばから80年代に生産された単車だった。

前回も述べたが、このあたりの単車は中学生時代にリアルタイムで興味津々だった車種ばかり。『月刊オートバイ』と『モーターサイクリスト』を、仲間数人と当番を決めて購入し、回し読んだでた中学生だった。『月刊ヤングオート』は、同級生のひとりが定期購読していて、だいたい一週間遅れで回してもらっていた。ただ、『たいまんぶるうす』だけはすぐに読ませてもらっていたが。

そんな風だから、単車の車種は割と早いうちに見分けられるようになっていたのだが、唯一(じゃなかったかもしれないな)、苦手だったのがホーク系だった。

高校の同級生が、ホークⅡに乗っていた。彼は別段、暴走族指向があったわけではない。家が遠すぎて公共交通機関を使って通学すると1限に間に合わなくなってしまうので、バイク通学をしていたに過ぎなかった。もちろん、越境入学などではない。ただただド田舎だったのだ。一度、バイク通学が学校側にみつかって停学処分となった際には、「部活の朝練にも授業にも出たい真面目な学生が停学になるのは、なんか納得がいかない」と憤っていた。

話が若干逸れたが、要はその同級生が乗っていたホークⅡが、めちゃくちゃ“ダサかった”のだ。分厚く幅広のシート。微妙に高いハンドル。そして親父のおさがり、という要因も我々の“ダサい判定”を有利にした可能性は大いにあるが、単車にまたがり我々の前に現れる彼の姿は、やっぱりどこか間が抜けていて“ダサかった”。

そんな風だから、ホークにはまったくといっていいほど思い入れがなかった。だから旧車會業界ではホークが別名“バブ”と呼ばれ、大変に愛されている単車だと聞いたときは正直、我が耳を疑った。


「え、ホークが? 人気なんですか?」


そんな台詞も言ったような気がする。一度も暴走族をかじったことのない門外漢の感想など、案外そんなものだと受け流して頂けたらありがたい。

だが、そんな感想は現場で実物の“バブ”を見たら一変させざるを得なかった。なんとまあ、ワルい単車なのだろう。風防も、アップハンも、三段シートも、どれもこれもよく似合う。“バブ”の語源となったエキゾーストも腹の底に響いてくる重低音で、これはすごい単車だ、カッコいいぜ! と、まさに手のひら返し(笑)。

聞けばホークはノーマルがダサすぎるからこそ様々な改造が施されてきた単車で、ドノーマル好きもいるにはいるが、基本的には改造ありきの単車なのだという。それを聞いて、合点がいった。この業界の人たちも、ドノーマルのままはちょっとね……と、思っているということ。そして、その野暮ったさゆえに様々な人間の手が入り、成長してきた単車なのだということ。それ以来、バブは自分にとって一番興味がある単車になっていった。

好きこそものの上手なれ、とはよいくいったもので、一度興味を持ったらヤカンと角タンの区別もすぐにつくし、「どっちがNでどっちがTでしたっけ?」という質問も、なくなっていった。

文責:ミサイル
プロフィール:元チャンプロード編集者。ペンネームは、学生時代の友人が酔っ払って付けたもの。現場ではまったく浸透していない。撮影のあとの生ビールは特別に甘く感じる舌を持つ。

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