かつては“クリスマス暴走”など、イベントごとに暴走行為を行っていたのが20世紀のの暴走族。イベントへの参加意識はあるものの、それを暴走という形でしか表現できない不器用さが魅力的であった。
それが2000年になり、元号が令和になった現代ではチームの看板の元で走る若者は激減。
特攻服は着用せず、旗も掲げず、車種も単車から原チャリから125まで様々なサイズのバイク乗りが集まり、それぞれの名前も知らない曖昧な人間関係のまま、流れ合流・流れ解散が“暴走行為”の主流になりつつある。
互いの関係性が希薄なため、芋づる式には逮捕されない、という思わぬ相乗効果があり、暴走行為から摘発まで1年以上かかることもあるそうだ。
では、そんな令和の暴走行為はどこを目指すのか?
将来的な話ではなく、暴走の執着地としての目的地の話だ。
それこそ20世紀の暴走族であればダムに行ったり海岸に行ったり、一周して出発地点に戻ったりというケースが多いようにも思われるが、令和ではどのようにして集合場所を決めているのだろうか?
最近の傾向からすると、意外と風光明媚な場所が選ばれていることが多いようだ。
関西だと大阪から神戸市の「メリケンパーク」まで暴走し、モニュメント「BE KOBE」前で記念撮影したグループも。スマートフォンが普及した影響で、目的地にも“映え”を意識したケースが増えているようだ。
かくも違う20世紀と21世紀の暴走事情だが、同じ地域を繰り返し走っていると、結局同じ学校や地域の先輩後輩がつるみだしたりと、旧来の暴走族と似たような人間関係も生まれるとか。
コロナ渦で希薄になった人間関係が、令和になって戻ってきたということか。他人とかかわりが増えれば社会性の重要さにも気づくだろう。風光明媚な場所には、族車好きばかりがいるわけではないことも考えつつ行動してほしいものだ。