今回は少しショッキングなニュースからお話ししたい。そう、あのRECARO(レカロ)が破産したのだ。
RECAROといえば、日本の自動車文化においてもアイコン的とも言える存在。それが、突如としてその幕を閉じることになった。このニュースを聞いて、驚きを隠せなかった人も多いのではないだろうか。
昭和の時代、RECAROシートはただのシートではなかった。それは自動車文化そのものを象徴する存在であり、多くの車好きにとっての夢のアイテムだった。
今回は、そのRECAROシートがいかにして昭和のカースタイルを彩り、そして現在に至るまでの軌跡を振り返りながら、破産のニュースを受けたオレたちの心情を綴ってみたいと思う。
昭和のカースタイルとRECARO
1906年、当時32歳のヴィルヘルム・ロイター(Wilhelm Reutter)がドイツのシュトゥットガルトに馬車製造社ロイター(のちのRECARO)を設立。ロイターの豊かな創造力と情熱は、彼の名前の最初の2文字 "RE"と共に、私たちRECAROに今なお受け継がれています。(RECAROホームページより)
1970年代から1980年代にかけて、日本の自動車文化は大きな変革を迎えた時代だった。この時期、多くの若者たちが車に夢中になり、カスタムカルチャーが花開いた。
RECAROシートは、そんな時代を象徴するアイテムとして広く愛されてきた。
高性能シートの象徴

RECAROシートが日本に初めて登場したのは1970年代後半のこと。そのいかにもドイツらしい、高性能そうな作りと美しいデザインは、瞬く間に注目を集めた。
特にスポーツカーやチューニングカーに装着されることが多く、その広告効果もあってか走りを追求するドライバーたちにとって憧れの的だった。
AE86やスカイラインGT-Rといった名車には、しばしばRECAROシートが標準装備されることがあり、これが車のステータスを一層高めていた。ドライバーの体をしっかりとホールドし、長時間のドライブでも疲れにくいその性能は、多くの人々に支持されてきた。
カスタムカルチャーの一環

昭和のカスタムカー文化において、RECAROシートは非常に重要な位置を占めていた。
車をカスタムすることは、一種の自己表現であり、個性をアピールする手段であった。RECAROシートを装着することは、自分の車をよりスポーティでかっこよく見せるための一つの手段だったのだ。
とりわけ、ドリフトやサーキット走行を楽しむ若者たちにとって、RECAROシートは必需品と言える存在だった。友人と共にパーツショップを巡り、少しずつパーツを揃えていく過程で、RECAROシートを手に入れる瞬間は多くの若きカーファンにとって特別な体験だったに違いない。
モータースポーツの影響

RECAROシートの人気を支えたのは、モータースポーツの影響も大きかった。
プロドライバーたちが使用するその姿を見て、多くのアマチュアドライバーも同じシートを求めた。モータースポーツが普及するのに合わせ、RECAROシートも一般のドライバーたちにも広く浸透していったのだ。
もちろん、RECAROを愛用したのはマジメなレーサー志望のドライバーだけではない。街道レーサーのオーナーたちからも熱烈に歓迎された。
見た目に振り切っている方も当然いたわけだが、ちゃんと週末にはサーキットで己の腕を磨いていた“ガチ勢”もいたわけで、リアシートにはルーバーを入れ、運転席側だけRECAROの四点式バケットシートに換装し、MOMOやナルディの小径ハンドルにするというスタイルが定番だった。
当然、ギアの先端は水中花ノブだ。
こうしたスタイルは、どんな車種であっても「お、この人やってるな!」と一目置かれたものだ。
RECARO破産の衝撃

そんなRECAROが破産するというニュースは、多くの自動車愛好家にとって大きな衝撃だ。
高性能シートの代名詞として、長年にわたり愛されてきたブランドが消えるという現実は、昭和のカースタイルを愛する者にとって悲しい出来事と言える。
公式サイトによると、RECAROは2022年には55%の売上増を記録し、収益は約4億2500万ユーロに達するなど、誰からみても順調に思えた。しかし、パンデミックや地政学的な課題の中で、企業の経営は厳しさを増していたそうだ。
RECAROはカーシートの他にも、航空機シート、ゲーミングチェア、鉄道シートなど多岐にわたる製品を展開していたが、これらの事業も影響を受けることになるだろう。
昭和の遺産と未来への希望

RECAROの破産は、昭和のカースタイルにおける一つの時代の終わりを意味するかもしれない。
しかし、その遺産はこれからも続く。オレたちは、昭和のカースタイルを愛し続け、次の世代にもその魅力を伝えていくという責任を背負っているのだ。
まとめ
RECARO破産のニュースは、昭和のカースタイルを愛する我々にとって大きな衝撃だった。しかも、その影響は一過性のものではなく、これからも続く。
オレたちは、この出来事を契機に、昭和のカースタイルの持つ魅力を再認識し、次の世代にその遺産を引き継いでいくべきだ。
RECAROシートが残した足跡は、これからもオレたちのような多くの車好きたちの心に刻まれ続けるだろう。
※ 補足:あくまで破綻したのはカーシートを担当する「Recaro Automotive GmbH(欧州部門・ドイツ)」の話。Recaro Automotive自体は世界各国にそれぞれ拠点があるので供給の心配はないとのこと。